ど田舎から始めるWeb制作会社戦記  ~このページは99%ファンタジーです~

第1話 代表取締役はかく語りき

やれやれ、もう朝か。

私は、ベランダの丸みを帯びた手すりに飛び乗り、隣の彼の見ているものを探ろうとする。
空は青みがかっており、どうやら朝焼けは見逃したようだ。
低層マンションや戸建てが折り重なるように続く先に、新幹線の高架が朝日を浴びて立ち上がっている。
この部屋は2階だが、この辺りでは小高い丘の上にあるため見晴らしは良い。

「自己成長とか意味がわからないんだけど、どう思う?」

彼は何かを見ているようで、しかし何も見ていないような雰囲気で続けた。

「知っていると思うけど、最近、ウチの会社に入りたいといってくれる若者が増えてきてね。もちろんそれは嬉しい事なんだけれども…なんだろう。面談すると結構な確率でこう言うんだ。自己成長できると思って御社を志望しましたと」

どうやら、採用面での悩み事のようだ。
彼には結論から話し出す癖があり、大抵の場合聞き手にとってわかりにくい。
一度そう指摘したら、「記憶力が悪くてね、先に結論を話しておかないと会話中に忘れてしまうんだ」と煙に巻かれたことがある。本当なのかはちょっとわからない。

「嘘つきはマメだよね。よく誰にどのような嘘をどこまで話したのか管理できるものだ。まぁそれが出来ないから嘘つきとバレるんだろうけどね」

…なんの話だろうか。いつもの論理の跳躍だろうか。
それとも先ほどの『本当なのかわからない』に対して、『嘘はついていない』と答えたのだろうか。

「両方だよ、だって面倒じゃないか」

新幹線がまた通過し始めた。品川駅に近いこのエリアでは、低速なのか、コトン、コトンと変わった走行音が10秒ほど続く。
なるほど、よくわからない。特になぜ面倒なのかがわからない。

「ふむ、そこはどうでもいいんだ。説明するのが面倒くさいからね。
 それよりも、自己成長の話だよ。自己成長したくて会社に入りたいというのは一応理屈としては理解できるけどね。でも、会社は学校じゃないんだ。自己成長したければ勝手にすればいいじゃないか」

えっ…そういう話ですか。
空が青一色に変わってきた。今日の天気なら窓際で寝たら気持ちがよいだろう。

「それにだよ、ウチが自己成長という言葉でハードワークを正当化する会社だと思われているなら心外だよ。ハードワークは確かにあるかもしれないが、それを自己成長で正当化するなんて、嘘っぱちじゃないか」

なるほど、そうつながるんですね。
要するに、自己成長大好き、残業とかでも頑張りますよとアピールしてくる一部の応募者に対して、そういうのを評価する会社だと思われているのが嫌だと。そういうことなんですね。
今日の天気予報はどうだったかな?午後も快晴が続くとよいのだけど。
TVを付けなければ。

「もちろん、嫌だよ。だってそういうことは望んでいないと説明するのは面倒くさいじゃないか。
 だからといってこちらも嘘をつくのもありえない。余計面倒くさいことになる」

…そろそろ危険を感じてくる程度には、彼と仕事を一緒にしてきた。
彼が「面倒くさい」を連呼し始めた時、それを改善する為の仕事がスタッフに発生するという仕組みである。
私は後ろを振り返り、TVのリモコンを目で探したが、こういう時に限ってリモコンは見つからない。

「そういうものだよ。
 だからね。そこらへん事前にコーポレートサイトに書いておこうと思うんだ。
 当社はITで社会をより良くすることを目指しているような意識の高い素晴らしい会社ではありませんよと」

終わった…窓際でのお昼寝というプランが今崩壊した。
しかし、明日以降のお昼寝の為、要件定義は厳密にせねばならない。
仕事の内容と範囲を明確にすることが仕事の第一歩なのである。

「もちろんリクルートページに明記が必要だよね。でもこのニュアンスを上手く伝えられるようにするのは難しいよね。どう書いても多少は嘘が混じってしまいそうだ…」

ですよねー。
だったらもう今まで通りでいいのではないでしょうか。
新幹線がまた目の前を横切り始めた。
私も新幹線になりたい。

「ということで、コーポレートサイトをプチリニューアルしよう。
 そうだね。リクルートサイトはファンタジーっぽくしておこうか。
 99%ファンタジーですと記載しておけば、嘘にはなるまい」

なるほど、冗談めかして本音を伝える。
汚い、この世界の大人は実に汚い。
しかしファンタジーとはなんぞや。どうせよというのか。

「『なろう』でググって。文体もそれっぽくね」

やれやれ、これが会社なのだ。そうしてこの文章を書くはめになったのである。

彼が去った後、新幹線はもう一度通過した。

タカト.E

代表取締役

タカト.E

属性
闇属性
種族
VIPPER族
称号
怠惰の王
フレーバーテキスト
彼は労働が美徳であるとは考えていない。
さりとて程度を越えた暇も持て余す。
それ故、眠る時間以外の全ての時間をかけて、「好きな時に好きな仕事をしつつ安定した生活を送れるプラットフォーム」を作り始めた。
怠惰の王の誕生である。